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開館120周年記念特別展覧会 海北友松(京都国立博物館) [美術展]

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開館120周年記念特別展覧会 海北友松(かいほうゆうしょう)
2017年4月11日(火)~5月21日(日)
京都国立博物館

名前は聞いたことがあっても、代表作も思い浮かばないし、有名な絵師ではないと思います。でも京博のマイナー路線といえば「狩野山楽・山雪展」が忘れられません。2013年だからもう4年前か…。早いなぁ。(そのときの記事

そして、2017年の海北友松。うーん、評判はいいようですが、私はあんまりでした。どうも友松のキャラクターが好きになれません。武士出身というプライドがぷんぷん臭うし、「海北友松夫妻像」に孫の友竹が記した賛文も武士出身だとか春日局と仲がいいとか自慢話ばっかり。なんだかなぁ…。

友松作と知れる作品は狩野派を60歳で飛び出した後、83歳でその生涯を終えるまでの晩年のものがほとんど。狩野永徳が亡くなったのが独立のきっかけのようですが、意地悪な見方をすると、それまで狩野派の名前で繋がっていたお客さんを独立して持っていってしまったようにも見えます。まあ、狩野派の様式では納まりきらないものがあるし、長生きして自由になっていくのも分かりますが、なんとなくいけ好かない。

それに、京博もちょっと調子に乗っていて、解説文が上滑ってました。こっちは全く知らないのに「よくご存じのように友松は…」とかあって、気がそがれます。照明に凝りに凝った雲龍図の展示室もあそこまでしなくても…、狙い過ぎでしょう。まあ、今まで京博では散々な目にあっているので、評価はどうしても辛くなってしまうのでした(関連記事1)(関連記事2)(関連記事3)。


快慶 日本人を魅了した仏のかたち(奈良国立博物館) [美術展]

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快慶 日本人を魅了した仏のかたち
平成29年4月8日(土)~6月4日(日)
奈良国立博物館

今年、一番楽しみにしていた快慶展。心ゆくまで堪能するため、その日はほかの予定は入れず、11時に入館。たっぷり時間をかけて、一体一体と相対していく覚悟です。

展示の筆頭を飾るのは、醍醐寺の「弥勒菩薩坐像」。この弥勒様こそ、私が最初に快慶仏の洗礼を受けた思い出深い仏さま。2014年の「醍醐寺のすべて」展(奈良博)でお目にかかり、雷に打たれたように動けなくなってしまったのです。あまりにも完璧で抜かりなく、苦しくなりながら陶酔してしまう…。とってもあやうい気持ちになる弥勒像。のっけから夢見心地になって、それこそ浄土にいるような気持で鑑賞開始です。

第1章は「後白河院との出会い」。若い頃の作品が並んでいました。後年になると「型」がきちっと固まってしまう快慶だから、のびやかな初期の作品はとても興味深い。「きちんと感」はありつつも、東大寺法華堂秘仏と同じ姿勢の「執金剛神立像」や象の膝当てがかわいい「深沙大将立像」(いずれも金剛院)など、動きのある仏像にもチャレンジしています。松尾寺や金剛院など「丹後」(舞鶴市)のお寺の所蔵が多いのは、鳥羽院と美福門院の間の皇女 八条院の院宮分国があったためなんですって。

白眉は清水寺の「千手観音坐像」。千手観音ってどうしたってバランスが難しいものだけれど、破綻のない絶妙に整った造形。普通の千手観音と違って、正面・右・左に3つ、頭上に24、計27面ものお顔をもっているので、手の数にお顔が負けていないのです。作者を快慶と同定するには至っていないそうですが、快慶以外にここまで完璧で美しい千手観音坐像を生み出せる仏師はいないと思います。

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清水寺「千手観音坐像」


第2章は「飛躍の舞台へ」。重源上人とともに成した東大寺復興にかかわる仏像が並んでいました。東大寺での修二会(お水取り)でも、快慶は過去帳で名前を読み上げられるし、功績があったことが伺い知れます(運慶の名前はない)。重源上人と快慶の関係には、僧侶と仏師を超えた絆があったのでしょうね。その重源上人が大仏再興事業の拠点として設けた兵庫・浄土寺の裸形の「阿弥陀如来立像」もあやうい気持ちになるお像。2.5mを超える大きさに圧倒されるし、練り供養用の仏像だから出動する気満々なのが伝わってきて、夢見心地になってしまうのです。

東大寺の秘仏「僧形八幡神坐像」に至っては、あまりに生々しくて、出品自体は有難いことだと思いながら、「見てはいけないものを見てしまった…」という罪悪感、背徳感が湧いてきてしまいました。これはちゃんと東大寺の勧進所で拝さないといけない。ちなみに10月5日、年1回だけの開扉だからハードル高いです。


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阿弥陀如来立像(快慶作)

後半はいわゆる「安阿弥様」(あんなみよう)といわれる像高三尺(約1m)程度、端正なお顔の阿弥陀如来立像がいくつも並んでいます。間違い探しかと思うほど、同じような阿弥陀様。なんだか「もういい加減にしてもいいんじゃない…」と諦め気味に文句のひとつも言いたくなります。この妥協を一切許さない姿勢、一緒に仕事はできないなぁ。快慶の弟子は偉い!よくこの完璧主義で融通の利かない師についていけたものです。その弟子の長快作の「十一面観音立像」(パラミタミュージアム)のおっとりしたお顔にひどく「ほっ」としました。

一度には咀嚼しきれない数と質の「快慶仏」が並んでいて、最後はちょっと頭が変になってしまったような気分。完全にオーバーヒートです。ちゃんと一体づつ、戸別訪問しないといけないですね。最後、写真掲載の和歌山光臺院の阿弥陀三尊像が素晴らしく、是非、いつかお会いしたいです。

タグ:仏像 快慶

国宝仏頭 東金堂特別安置(興福寺東金堂) [仏像・仏画]

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国宝仏頭 東金堂特別安置
2017年1月7日(土)~12月
興福寺東金堂

国宝館が耐震工事で休館中のため、阿修羅像が仮講堂に場所を移されて特別公開中でした。ご本尊の阿弥陀如来像を囲んで八部衆像、十大弟子像、金剛力士像などと一緒にお堂の須弥壇の上にいらっしゃいます。ここでは阿修羅像も脇役。でもこれが本来の姿です。いつもよりちょっと遠いですが、お堂の出入口からは自然光と風が入ってきて気持ちいい。いつもと違う状況をうまく利用して、お寺にも参拝者にも嬉しい企画です。

仮講堂の阿修羅像に比べると注目度が低いですが、隣の東金堂でも銅造仏頭が特別安置されていました。日光月光菩薩とは600年ぶりの再会です。この仏頭が飛鳥山田寺から運ばれてきたことは知っていましたが、東金堂の日光・月光菩薩立像も山田寺のものだったんですね。

ここで新たな発見。今回、改めてよくよく眺めてみると、この日光・月光菩薩立像が薬師寺のものにとてもよく似ていらっしゃることに気が付きました。隣にいたご夫婦も「薬師寺の日光月光にそっくり」と話していらして、思わず「そうですね!」と声を掛けそうになりました。

薬師寺の日光・月光菩薩立像といえば、その制作年代を巡って「白鳳説」と「天平説」で議論が続いているのですが(関連記事)、一方でここ興福寺のものは白鳳期の造像。もちろんその完成度は薬師寺が勝りますが、白鳳期にこれだけの鋳造技術があるのなら、薬師寺の日光月光も白鳳仏でいいんじゃないかなぁ…と愚考しました。


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興福寺国宝特別公開2017 阿修羅ー天平乾漆群像展ー
2017年3月15日(水)~6月18日(日) 9月15日(金)~11月19日(日)
興福寺仮講堂


タグ:仏像 国宝

木×仏像-飛鳥仏から円空へ(大阪市立美術館) [美術展]

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木×仏像(きとぶつぞう)-飛鳥仏から円空へ
2017年4月8日(土)~6月4日(日)
大阪市立美術館

てっぱんの仏像展示空間を誇る大阪市立美術館。すべての仏像が360度ぐるりと周れて、露出展示も多く、仏像好きにはたまりません。つまびらかに見られることで仏性が損なわれるかと思いきや、なぜか大阪市立美術館の展示室って霊気に満ち溢れていて、仏像が仏様として神々しいままです。2014年の「山の神仏-吉野・熊野・高野」展でも同じことを感じたのを思い出しました(そのときの記事)。だから、神聖な場所で拝するのと同じような気持ちで鑑賞。一体ごとまず正面でご挨拶、しゃがみこんで下から見上げ、ぐるりと右回りで一周。すみからすみまで堪能しながら足を進めました。

飛鳥時代から江戸時代まで魅力的な木彫仏がたくさんいらっしゃいましたが、全国区の有名仏は思ったより少なく、どちらかというと地元大阪の仏像が多かったです。東京で開催される地方仏の展覧会で感じる戸惑いや場違いもなく(関連記事)、地に足がついていて安心できました。

今回、ご縁をいただいて、実際にお寺を訪ねてみたい仏像を忘れないようにメモしておきます。

奈良宮古薬師堂 薬師如来坐像(平安時代9世紀)
堂々とした体躯と整った端正なお顔。檜の一木造り。宮古薬師堂は奈良県磯城郡田原本町(橿原市の北側)、近鉄橿原線「田原本駅」より徒歩20分ほど。団体での拝観のみ(事前予約が必要)。地元で守られている仏像なんですね。いつか行ってみたい。

考恩寺 虚空蔵菩薩立像(平安時代10世紀)
でっぷりとしていて魔術的なパワーを感じるお像。解説によると着衣から吉祥天かも?孝恩寺は大阪府貝塚市にある浄土宗の寺院。国宝の観音堂、重文の仏像19件、すごいお寺です。拝観は事前予約が必要。虚空蔵菩薩立像は大阪市立美術館に寄託中だそうだけど、現地にも行かなくちゃ。

櫟野寺 十一面観音菩薩立像(平安時代11世紀)
ききりとした涼しげな眼が印象的。東博の櫟野寺展にもいらっしゃったのかしら。覚えていない…。右足を踏み出しているのが目印になるかも。

新薬師寺 阿弥陀如来坐像(鎌倉時代13世紀)
重文指定もない阿弥陀様なのですが横顔が素敵でした。


タグ:仏像

ザ・コレクション(藤田美術館) [美術展]

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ザ・コレクション
2017年3月4日(土)〜2017年6月11日(日)
藤田美術館

初めて訪れた大阪の藤田美術館。噂には聞いていたけれど、これほどノスタルジックな建物とは!木の柱がむき出しだし、開け放たれた窓からは風が入ってくるし、まるで軽井沢の別荘地にある山小屋みたい。そんなログハウス風のお部屋の中に「国宝」が何点も並んでいて、すごいミスマッチです。展示室の壁の注意書きには「たばこ喫まぬこと、写真撮らぬこと、万年筆使用せぬこと」。ここはどこ?いまは何年?トリップ感に包まれながら、素晴らしい至宝とまみえました。

特に「玄奘三蔵絵」(国宝)は雪好きにはたまらない「第三巻第三段」が展示されていました。死人もでる厳しい雪山を玄奘一行が越えていく場面。笠や衣に積もる雪が凍える寒さを感じさせます。でもオレンジ色の暖色が効いていて、雪景色だけどカラフルで目に鮮やかです。とても気に入ってしまい、身を乗り出して、前から斜めから横から眺め尽しました。

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上畳本三十六歌仙絵「大伴家持像」も好きでした。冠の上を右手で押さえて「あちゃー」って感じのポーズがいいです。歌仙絵ってポケモンみたいに蒐集したくなりますね。ここで1枚ゲットって感じです。佐竹本と上畳本の三十六歌仙は全制覇したいです。

上畳本 大友家持.jpg


藤田美術館はこの展覧会の後、リニューアル計画のため2020年まで休館するそうです。やむを得ないと理解できても、やっぱり寂しいなぁ。外光と外気が感じながら国宝が見られる美術館なんて、もうあり得ないでしょうね。今回が最初で最後、たった1度きりの訪問になってしまうのが残念です。


タグ:国宝

絵巻マニア列伝(サントリー美術館) [美術展]

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六本木開館10周年記念展 絵巻マニア列伝
2017年3月29日(水)~5月14日(日)
サントリー美術館

展覧会でピックアップされた絵巻マニアは6組。後白河院を筆頭にそれぞれのマニアぶりが紹介されます。作品としての「絵巻物」ではなく、絵巻物を愛した「人とエピソード」に焦点をあてているのが面白かったです。

特に気になったマニアは三条西実隆(さんじょうにしさねたか、1455-1537)。ちょうどドナルド・キーン先生の「日本文学の歴史 古代・中世編6」を読んでいて、実隆のことを知ったばかりだったのです。もちろん絵巻マニアとしてではなく、戦時にもかかわらず古典研究に打ち込み、知識人の尊敬を集めていた人物として紹介されていました。はっきりとものを書くキーン先生が褒めているのでなかなかの好印象です。

その実隆がチーフプロデューサーの役割を担ったのが「桑実寺縁起絵巻」(滋賀・桑實寺蔵、重文)。桑実寺は滋賀県近江八幡市にある天台宗の寺院。以前、西国巡礼を巡った際、32番札所 観音正寺からの帰路に訪れたことがあり、余計にご縁を感じてしまいました。絵巻に描かれている境内の建物の配置は今もほぼそのままだと思います。特に壮麗でも壮大でもなく、ごく普通のお寺という印象でした。

それが今回、解説で知ったのですが、桑実寺は1532年に室町幕府12代将軍足利義晴が仮幕府を設置した場所だそうです。その義晴が発願して奉納したのが「桑実寺縁起絵巻」。京都に幕府を置くことができないような非常時に、安定した世の中への祈りを込めて作られた絵巻なんですね。「日本文学の歴史」では当時の皇族や貴族の困窮ぶりに言及しているし、おそらく絵巻を愉しむような余裕はなかったんじゃないかしら。マニアというとお金持ちの道楽みたいですが、三条西実隆の場合は真摯な仕事の一環だったと思います。

ミュシャ展(国立新美術館) [美術展]

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国立新美術館開館10周年・チェコ文化年事業 ミュシャ展
2017年3月8日(水)~6月5日(月)
国立新美術館

倉庫のような大きな展示空間に、天井まで届く大きな絵。ミュシャの「スラヴ叙事詩」全20点。大きなものは縦6m×横8m。圧巻です。大迫力です。鑑賞というより体感。なんだか自分の世界が広がっていくような感覚がしました。

ミュシャといえば乙女チックなポスターイメージ、正直、美術館で鑑賞するような作品じゃないと思っていました。関心もなく、チェコ出身ということも、スラヴ叙事詩という作品も全く知りませんでした。展覧会のちらしでミュシャの超大作が日本に来ることを知って、その大作がいわゆるアール・ヌーボーとは全然違って幻想的なのに描写がリアルで、なんだかすごい作品らしいということを感じました。

その「なんだかすごい」が実際にどうすごいのかは、NHKのTV番組「華麗なるミュシャ 祖国への旅路 ~パリ・プラハ 二都物語~」をみて知りました。ミュシャは晩年、故郷に戻って17年をかけてスラヴ民族の苦難と栄光の歴史を描いた「スラヴ叙事詩」20点を描いたそうです。スラブの歴史なんてなんにも思い浮かびませんが、これは音声ガイドが役に立ちました。音声ガイドって鑑賞に集中できなくなるのでめったに借りませんが、この「ミュシャ展」には必須アイテム。1作品ごとに絵に描かれているる歴史上の出来事を解説してくれました。

見進めるごとに、遠い世界だったスラヴ民族の歴史が頭の中に乱入してきて呑み込まれそう。ミュシャがここまでして伝えたかったこととはなんだったのか、あまりにも大きいテーマを投げかけられたような気がします。


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ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力(Bunkamura ザ・ミュージアム) [美術展]

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ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力
2017年2月23日(木)~4月16日(日)
Bunkamura ザ・ミュージアム

よくもまあこれだけのコレクションを一人で集めたものだと感心しました。ゴールドマンさん、よっぽど暁斎がお好きなんでしょうね。ひとつのところにとどまらない暁斎の作品は、浮世絵版画だけでなく肉筆の錦絵もあるし、山水画もあれば、仏画まである。美人、動物、妖怪、風景、なんでも器用に描いて上手。バリエーションが豊富でどれも一様に質が高いから蒐集するのも大変そうです。ずば抜けて「これがいい!」と決められない…。展覧会ではマイベスト3を選ぶのが楽しかったりしますが、暁斎ではそれができないのです。まあゴールドマンさんぐらいの大金持ちなら、あえて選ぶ必要ないですね(←証券会社と勘違いしてた…。全然、関係ないみたいです。)

暁斎をみるといつも“生まれながらの絵描きだなぁ”と思います。努力しないで軽々と描いているように見えてしまい、有り難味が薄くて足が止まらないのです。欲しいかと問われても、まあいいかなぁ、なんて失礼なことを思いながら、それでも猫の絵はかわいかったです。でも猫への愛情はあまり感じられず、師匠の歌川国芳の受け売りっぽいなぁ。

日本画の教科書 東京編ー大観、春草から土牛、魁夷へー [美術展]

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日本画の教科書 東京編ー大観、春草から土牛、魁夷へー
2017年2月16日(木)~4月16日(日)
山種美術館

京都編に引き続き、東京編。もっと日本美術院(=横山大観)の存在感が大きいのかと思っていたらそうでもなく、文展なども頑張っていることがわかりました。大観が苦手なので腰が引けていたのですが、心配しすぎだったみたい。いろんな作風の画家がいました。

いちばんのお気に入りは川合玉堂の「早乙女」。6月のさわやかな日差しの中、うら若き乙女たちが田植えをしています。田んぼの余白が大きくとられていて、のびのびとした開放感が気持ちいいです。そもそも稲の苗を水田に植えつける女性を「早乙女」というんですね。今ではもう見られなくなってしまった古き良き日本の風景です。

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早乙女(川合玉堂)



今回初めて名前を知った西郷孤月の「台湾風景」は亜熱帯の湿度を感じさせる幻想的な絵です。もちろんその絵にも目を引かれましたが、孤月の生涯にびっくり。もしかしたら横山大観に代わって日本画壇を担っていたかもしれない人物なのです。大観らとともに東京美術学校の第一期生として学び、日本美術院の設立メンバーでもあり、橋本雅邦門下の四天王(大観・観山・孤月・春草)のうち最も将来を嘱望され、雅邦の娘と結婚までしています。ただ、雅邦と上手くいかず、お酒におぼれて離婚。中央画壇を離れて放浪し、台湾へ渡って描いたのが「台湾風景」なんですって。その生涯を知ると作品から孤月の孤独ややり切れなさが伝わってきます。これまで観山や春草の展覧会にも足を運んできたし、日本美術院周辺の画家のことはよく知っているつもりでしたが、こんな隠れキャラがいたんですね。


笠間のご開帳巡り(4月8日) [仏像・仏画]

4月8日は花まつり。お釈迦様の誕生日です。誕生仏に甘茶を注いでお祝いするのが一般的ですが、この日にご開帳される秘仏も多いようです。今年はちょうど土曜日なので、茨城県笠間市の三ヶ寺(岩谷寺、楞厳寺、弥勒教会)のご開帳を巡りました。当日は小雨がぱらつくあいにくのお天気。笠間駅前でレンタルした電動自転車とレインコートで修行さながらの巡礼です。なにしろ道しるべになるような道標や看板がほとんどなく、Google mapだけが頼り。道は事前に綿密に調べていったつもりでしたが、雨の中、迷って行ったり来たりしました。ペダルを漕ぎながら、とても心細かったです。まあ、だからこそたどり着いた時の喜びもひとしおなのかもしれません。

岩谷寺
まずは、笠間駅から一番近い岩谷寺へ。平地を自転車で10分ほどです。山門で真白の長毛猫さんがお腹を見せて出迎えてくれました。お庭の手入れが行き届いていて、本堂前には甘茶とお菓子が用意されています。おもてなしが行き届いているなぁと思ったら、女性の住職さんでした。収蔵庫には木造薬師如来立像(1253年、重文)と木造薬師如来坐像(平安時代末、重文)がいらっしゃいます。

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岩谷寺の白い猫さん


楞厳寺(りょうごんじ)
おそらく県道1号線を行くのが分かりやすいと思います。でも、車の多い県道は味気ないし、排気ガスで空気が悪いので、景色の良い脇道を選びました。里山の前に広がる春のからっぽの田んぼ道を行くと、突き当りに茅葺の立派な山門が見えてきました。山門から急坂を上ると楞厳寺。ここには優秀な番犬がいるようで、わんわんという大きな鳴き声が絶え間なく境内中に響き渡っていました。岩谷寺の猫さんの歓迎ぶりとは対照的です。収蔵庫には木造千手観音立像(1252年、重文)がいらっしゃいます。金網越しで近寄れないし、あまりよく観られません。

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楞厳寺の山門


弥勒教会
ビーフラインから入る道を勘違いして、行ったり来たり、かなり迷いました。でも分かりずらいだけあって、いかにも「かくれ里」といった趣きのある村里です。ご開帳の木造弥勒仏立像(1247年、重文)はお寺にあるのではなく、収蔵庫(弥勒堂)だけが道から少し奥まった場所にあり、地域の方々によって守られています。もともとは石城寺というお寺のご本尊だったそうですが、明治時代に廃寺となってしまったそう。堂々とした体躯の力強いお姿の弥勒立像は運慶作とも言い伝えられていただけあって、惹きつけられる魅力をお持ちです。しばし見とれてしまいました。

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大活躍のレンタサイクル(弥勒教会にて)



三ヶ寺を巡って覚えた名前が笠間氏初代の笠間時朝(鎌倉幕府の有力御家人)。時朝が寄進した笠間六体仏のうち、現存するのがこの3体。だから薬師、千手、弥勒と像種は違っても大きさや作りが似ていました。銘文によって年号や由来がわかることもあって、造像への時朝の思いが感じられ、見仏にも身が入ります。笠間時朝は三十三間堂に千手観音2体を寄進していたり、山形県の慈恩寺に1263年の時朝銘のある木造大日如来坐像があったり、信仰に篤い方だったようです。

話は現代に戻って、笠間には親類が亡くなった年、供養のため4月8日に笠間周辺の六ヶ所を巡る「六堂めぐり」のならわしがあるそうです。一人だと3年間お参りしないといけないのですが、3人一緒に巡れば1回でいいらしく、3名で参詣されている方からそんなお話を伺いました。ご開帳も観光客というよりは、地元の方々のためのものなのですね。道中の道行に看板や標識がないのもしょうがないような気がしてきました。昔ながらの信仰がこのまま続いてほしいです。


参考にしたHP
「かさま文化財公開」


タグ:秘仏 開帳