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国宝 信貴山縁起絵巻 -朝護孫子寺と毘沙門天王信仰の至宝-(奈良国立博物館)  [美術展]

信貴山縁起絵巻.jpg
平成28年4月9日(土)~5月22日(日)
奈良国立博物館

笑いをこらえるのが大変でした。人目がなかったら、お腹を抱えて大笑いしています。命蓮上人のとぼけ具合がたまりません。突っ込みどころ満載のお決まりコントみたい。こんな楽しい絵巻だとは思ってもいませんでした。主人公は平安時代中期の僧 命蓮、信貴山朝護孫子寺の中興の祖といわれていますが、ぼけのセンスが光っています。見ていると命蓮のセリフが聞こえてくるのです。


飛倉の巻
命蓮が神通力で鉢を飛ばし、その鉢に乗って山崎長者の米倉が信貴山まで飛んで帰る。空飛ぶ倉を追いかけてきた山崎長者と命蓮上人の会話。
命蓮上人「ありゃ、みなさん勢ぞろいでなんじゃえ?」
山崎長者「いえ、うちの倉がここまで飛んできてしまって…」
命蓮上人「ほぉ、そうじゃったかえ?」
山崎長者「ぜひとも、倉を返してもらいないでしょうか…」
命蓮上人「ふむ、コメは返すえ。ただ…、倉はもらってもいいかえ。」
山崎長者「?!」

延喜加持の巻
醍醐天皇の病気平癒の祈祷の依頼にきた宮中使者と命蓮上人の会話。
命蓮上人「ありゃ、みなさん勢ぞろいでなんじゃえ?」
宮中使者「いえ、醍醐天皇が病で倒れてしまって…」
命蓮上人「ほぉ、そうじゃったかえ。」
宮中使者「ぜひとも、加持祈祷をしてもらえないでしょうか…」
命蓮上人「ふむ、祈祷はするえ。ただ…、宮中にはいかなくてもいいかえ。」
宮中使者「?!」

尼公の巻
信濃国から姉の尼公が、はるばる信貴山まで命蓮を訪ねてやって来る。
尼公「命蓮、命蓮はいるかえ?」
命蓮上人「ほぁ、だれかえ?」
尼公「あー、命蓮、やっと見つけたえ。」
命蓮上人「あ゛ぁ、姉さん、どうしちゃったえ?!」

これまでボケまくりで周りをビックリさせていた命蓮が、最後にビックリ顔になって大オチ。最後は命蓮の庵の後ろに建つあの山崎長者からちゃっかりもらった米倉でフェードアウト。
おしまい


なにしろ命蓮上人、出不精なんですよね。自分の庵から出たくないために、托鉢にも行かずに鉢を飛ばすし、天皇の祈祷にさえ護法童子を遣わすだけ。高僧のはずなのに、めんどくさがりの怠け者。このギャップがお笑いのツボです。そして、命蓮と尼公の姉弟のお顔がなんとも味があって、ゆるゆるでキャラにぴったり。特に尼公のお顔がいいんですよね。こんなお顔になれるような年の取り方をしたいなぁ。

信貴山縁起絵巻といえば、日本三大絵巻とか平安絵画の傑作なんて言われるけれど、いろんなうんちくは関係なく、単純に面白く、純粋に楽しい絵巻でした。この楽しさ、全巻全場面同時公開でないと味わえません。ケチケチと展示替えしなかった奈良博にも拍手です。

タグ:国宝
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神護寺から嵐山へハイキング [寺・神社]

清滝川.jpg
新緑の清滝川

神護寺の虫払いを見た後、高雄から嵐山までのハイキングコースを歩きました。東海自然歩道や京都一周トレイルのコースにもなっているので標識も多く分かりやすい道筋です。清滝川沿いの遊歩道は新緑に包まれて清々しくとっても気持ちいい。高低差も少なくて歩きやすかったのですが、最後、清滝川を離れて落合橋から六丁峠に登る車道はきつかった。嵐山へ降りてから渡月橋まで歩く元気は残っていませんでした。神護寺を出発したのが13時30分、休憩所でのんびりお昼を食べて化野念仏寺には16時30分着、およそ3時間のウォーキングでした。

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高雄山神護寺 寺宝虫払行事(京都) [寺・神社]

神護寺 書院.jpg
高雄山神護寺 書院

毎年5月初旬に行われる神護寺の宝物虫払い行事。書院の3部屋に67点の宝物が展示されていました。日光が差し込む部屋の中、ガラスケースもなく目の前に所狭しと並ぶ掛軸。とても贅沢な鑑賞環境です。京都国立博物館に寄託されている国宝の伝源頼朝像と伝平重盛像もこの時期には神護寺に里帰りし陳列されます。この日本の肖像画を代表する絵画作品ですが、最近、絵のモデルを巡っていろいろな議論があるそう。通説では12世紀末の似絵の名手藤原隆信が描いた源頼朝・平重盛の肖像画とされていましたが、1995年に頼朝像は足利直義、重盛像は足利尊氏の肖像画であるとする新説が発表されて、以後、論争が続いてまだ決着はついていないそうです。

そんな謎解きは専門家の先生にまかせておくとして、素人が直見して気が付いたのはこの2枚の絵、保存状態が全然違います。伝頼朝像に比べて伝重盛像はかなり痛みが激しい。色も黒ずんでいるし、破損も目立ちます。とても同じ時期に描かれたようには見えません。重盛像の方が古い時代に描かれたのではないかと単純に考えてしまいました。もしくは頻繁に出し入れされ、鑑賞されていたために痛みが進んでしまったのかしら。

新説によると重盛(尊氏)像に見られる大きな欠損や折りジワは、伝藤原光能(義詮)像が描かれた際に尊氏像が折り畳まれていたことを示すものと説明しています。うーん、折りたたまれてできたような欠損にはみえなかったなぁ。もっと全体的に痛みが進んでいるように見えたけど、どうなのかしら。今後も論争は続くと思いますが、この保存状態の違いを説明できる説を信じることにしようと思いました。でも、謎は謎として、素晴らしい肖像画であることは多言を要しません。

タグ:国宝
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臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱記念 禅ー心をかたちにー(京都国立博物館) [美術展]

禅 心をかたちに.jpg
2016年4月12日(火)~2016年5月22日(日)
京都国立博物館

GW関西旅行の初日は京博へ。禅宗は仏像好きにとってはなじみのない宗派。理屈っぽい「学問」が中心で「芸術」とは相容れないイメージです。展覧会の出品作も「頂相(ちんぞう)」つまりお坊さんの肖像画がメインなのですごく地味でした。それでも国宝に指定されている頂相ってたくさんあるんですね。無準師範像のチャームポイントは黒目がちの二重の眼、宗峰妙超像はぷっくりなのに困ったお顔、蘭渓道隆像は細おもての秀才面です。でも、美しさや神々しさは全くないから、美術的価値よりも史料的価値での国宝指定なのでしょう。弟子にはありがたいかもしれないけれど、禿げ頭のオジサンの似顔絵には興味がわきませんでした。

それでも時々、目を引く肖像画があります。臨済宗の開祖 臨済義玄像は相手をにらみつけ、いまにも殴り掛かりそうで迫力満点。「怒目奮拳(どもくふんけん)」というそうです。こんな激しい開祖を持つなんて、臨済宗って過激な一面があるのかも。そういえば、達磨に弟子入りするために、自分の左腕を切り落としてしまう慧可も過激派で理屈っぽいという禅のイメージが覆されます。反対におおらかそうなお顔は万寿寺蔵の円爾像。東大寺大勧進職に就くなど、臨済宗以外の宗派でも活躍した禅僧だそうです。顔だけで選んで弟子になるなら、円爾がいいな。

さて、美しいものに飢えた目にやっと出会えたのが、狩野元信の「大仙院方丈壁画 四季花鳥図」。つがいの鳥、草花、滝、水、雲…。理想化された四季の自然が繊細かつ大胆に描かれ、墨で描かれた木々や水と鳥や花に施された指し色のコントラストが効いています。美しいものって、やっぱりいいな。心が無になって、絵の世界に入っていく…。これって禅の境地と少しは関係あるんじゃないかしら。私にとっては偉い禅僧の頂相よりも、美しい障壁画の方が有難く感じました。

タグ:国宝
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